椿の見頃だから、京都の椿寺、地蔵院へ行ってきた。

京都市北区にある地蔵院。

このお寺は「椿寺」と呼ばれているらしい。

椿寺。さぞや美しいお寺だろう。

ちょうど椿が見頃の時期だ。

先日、京都へ行く用事があったので、この椿寺へも足を運んでみた。

地蔵院の門前

椿寺へ到着。

非常に小ぢんまりしたお寺だ。

大きな個人宅くらいかな?

僕は近くのコインパーキングに車を停めたけど、2台分程度の駐車スペースが門の横にある。

地蔵院の歴史が書かれた立札

入り口には立札があって、お寺の歴史が書いてあった。

要約するとこんな感じ。

  • 728年に行基が、摂津国の昆陽野池(現在の兵庫県伊丹市)に建立した。
  • 平安時代に衣笠山(京都市北区と右京区との境)の麓に移築。
  • 室町時代の初期に戦で焼失。
  • 足利義満が金閣寺を作った時の余ったお金で再建。
  • 1589年に豊臣秀吉によって現在の地に移築。

なかなか波乱万丈なお寺です。それにしても足利義満の金満ぶりはさすが。

地蔵院

さて肝心の椿について。

ここを訪れるまでは、境内のあちこちに沢山の椿が咲き乱れている様子を想像していたんだけど、残念ながらここにはそういう景色はない。

椿の木だって数本ばかりある程度だ。

それでもこの寺が椿寺と言われるのには理由がある。

椿寺の表札越しに見る椿の花

それは寺だけでなく、ここの五色八重散椿(ごしきやえちりつばき)にも歴史があるからだ。

五色八重散椿ってご存知だろうか?

調べてみるとこれは椿の種類のひとつで、このお寺以外の場所でも見ることが出来るし、なんだったら楽天市場で売っていたりもする。つまり決して特別な椿ではない。

特徴は、紅色や桃色、白地に紅など色々な色の花が咲き、通常の椿のように花弁が丸ごと地面に落ちるのではなくて花弁が一枚一枚散り落ちるところだ。

五色八重散椿の花

話を元に戻そう。

地蔵院が椿寺と呼ばれるまでに有名になった理由は、ここの椿は、五色八重散椿を愛した豊臣秀吉が、1587年の北野大茶会の際に献木したものとされるからだ。

ただし残念ながら、秀吉が寄贈した椿は昭和50年代に枯れてしまって現在はその2世となる。それでも京都市の市指定天然記念物に指定されていて由緒のある椿だ。

咲き乱れる五色八重散椿の花

一説には、一般的な椿は花が丸ごと落ちるので武将達に打ち首を連想させると敬遠されたが、散椿は一枚一枚散り落ちる姿が美しく好まれたとも言われている。

なかなか良くできた話だが、ただこれはどうも後の時代の創作だそうだ。

僕が地蔵院に滞在した時間は20分ほどだっただろうか。

その間、近所の家族連れが買い物袋を下げたまま椿を見に立ち寄っていたり、手慣れた様子で軽自動車を門前に停車して、バケツ片手にお墓参りにやって来る方がいたりと、境内に人が絶えることはなかった。

満開の椿の花

イメージしていた椿寺とは違ったけど、地元の方々に愛されているお寺で過ごした時間はとても気持ちの良いものだった。

カメラを替えて、椿の写真も撮ったので良ければご覧いただきたい。

SuperTakumar50mmF1.4をマイクロフォーサーズ機に付けて椿を撮った。

地蔵院(椿寺)
〒603-8332 京都府京都市北区大将軍川端町2