膝の痛みで3キロ走れなかった僕が、月に100キロ走れるようになるまで。

運動神経バツグンの少年だったのに、たった3キロ走れないオッサンになっていた、、、

50m走は学年で1番。翼くん並みのオーバーヘッドキックを決め、カズダンスを完コピしていた運動神経バツグンの僕も、社会に出てからは運動とは無縁の自堕落な生活を続け、いつの間にやらお腹まわりの肉が気になる年齢になっていた。

風呂場の鏡に映る自分を見つめながら「流石にこの腹はイカン」と、週一回のランニングを始める決意を固めた僕は、ある日曜日の朝、おNEWのランニングシューズとウェアに身を包み、意気揚々と自宅を飛び出したのだった。

それは走り始めて数分後、距離にすると、ものの1キロほど走った頃だっただろうか。

「ん?」

左膝に今まで感じた事のない痛みを感じる。

「なんやろ?」

気にはなるものの、まさか1キロごときで足が壊れるほどヤワだとは思いもしない。

痛みを気にしながら走り続けていると、徐々に痛みが増してくる。

「こっ、これはアカン」

いよいよ痛みに耐えられなくなった僕は立ち止まり、そしてその日のランニングを諦めたのだった。

結局、僕の初ランニングは3キロにも満たずに終わった。

何度も繰り返す膝の痛み。

翌日、膝の痛みはすっかり消えていた。

「昨日の痛みは勘違いだったのかもしれない」そう思った僕は、いつもどおりの平日をいつもどおりにやり過ごし、迎えた週末、2度目のランニングに出掛ける。

「うわっ!」

やはり走りはじめて1キロ過ぎたあたりだった。左膝にこの前と同じ痛みが出始めた。

一旦、立ち止まる。そうすると不思議と痛みは和らいでいく。そこで気を取り直して走り出す。するとまた暫くして同じ痛みが蘇る。

こうして、走っては止まり、走っては止まりを繰り返していたが、徐々に立ち止まっても痛みが治らなくなってきて、遂にこの日もリタイア。

2回目のランニングも3キロ走ることは叶わず、おNEWのランニングウェアは、一滴の汗を吸うことなく洗濯機に放り込まれた。

「きっと体調が良くなかったんやろな」

まだまだ『走る事が出来ない自分』を認められない僕は、期間をあけて何度もランニングを繰り返した。

結果は多少の誤差はあるものの目糞鼻糞。たった3キロの距離すら痛みなく走る事が出来ない始末。

ある日、いよいよイライラが募った僕は、溜まった怒りを膝の痛みにぶつける作戦に出た。つまり痛みに負けずに無理矢理に距離を伸ばしたのだ。ところがこれがマズかった。

膝の痛みは翌日になっても引かないどころか、歩行や階段の登り降りにも強い痛みを感じるほどで、結局、1週間ほど足を引きずって過ごすはめになってしまった。

「無茶はアカンなぁ」

素直にそう思ったのだが、ごくごく自然とこんな気持ちが湧いてきた事に愕然とした。これではいよいよ身も心もオッサンの仲間入りじゃないか。

レントゲンを撮っても原因不明。

「いくらなんでも、こんなに走れないってオカシイやろ?」

そう思った僕は、整形外科へ膝の痛みを訴えてみた。

世の中は健康ブームだ。近くの河川敷では自分の父親程の年齢のランナーが颯爽と走っている。僕が走れないのはきっと何か理由があるに違いない。

病院では、触診だけでは異常が認められなかったので、強く希望しレントゲンも撮ってもらった。なんなら病院も、近所のクリニックと大きな総合病院の2軒を訪ねてみたのだが、どちらの医者からも「異常なし」と涼しい顔で宣告される。

これにはホッとするやら、納得出来ないやらで、もう何が何やら分からない。

そうこうしているうちに、ついに僕は走ることを諦めてしまった。

たまたま手にした『BORN TO RUN』を読んで「目から鱗が落ちる」を体感した。

走る事を諦めて、どれほど時間が経った頃だろう。もうランニングの事など頭の片隅のどこかへ埋葬されていた頃だ。

たまたま立ち寄った書店で『BORN TO RUN』と出会った僕は、その内容に衝撃を受ける。

この書は、著者のクリストファー・マクドゥーガルのある素朴な疑問に端を発したドキュメンタリーである。

その疑問とは、ハイテクシューズを履いた多くのランナーに故障が絶えない一方で、ハイテク文明から遠く離れて生きる荒野の部族には、裸足同然で長距離を走っても平気な人間がいる。これは何故かという問いである。

本書は、その原因が走り方にあると断言する。

そして、ハイテクシューズのクッション性能は、人間本来の走り方を歪め、かかと着地を助長している。そのために故障者が絶えないのだと警告する。

僕は、この本を読んではじめて「目から鱗がおちる」を体感した。

何しろ僕のおNEWのランニングシューズは、ハイテククッション性能がイチ押しのシューズだ。

単純な僕はこう直感した。

もともと運動から遠ざかり、長期のブランクがあったところに、ハイテクシューズによって無理矢理かかと着地に矯正されていたのだ。これでは流石の運動神経バツグンの僕も堪らないはずだと。

ビブラムファイブフィンガーズを購入してみる。

僕はかかと着地から脱し、前足部で着地するフォアフット走法への転換をはかるべく、早速、書中で取り上げられていたシューズ『ビブラムファイブフィンガーズ』を購入するのだった。

ビブラムファイブフィンガーズは裸足に近い履き心地で、履き続けると自然にフォアフット走法が身につくとの事。まさに僕にはもってこいのシューズなのだが、多くのモデルがある上に、実物を手に取れる店舗が少なく悩んでいた。そんな時、カメラやMac製品レビューなどでも有名な、塩澤一洋氏のブログに詳細なレビューありこれが非常に役立った。

塩澤氏のビブラムファイブフィンガーズの記事は幾つかあるのだが、どれもこれも非常に興味深く、読んでるうちに「これは履いてみたくて堪らない!」そんな気持ちになってしまった。

ちなみに僕が購入したのは、数あるビブラムファイブフィンガーズの中でも、最もソールが薄く、最も裸足に近い感覚のモデル『KSO EVO』。

はっきり言って、このモデルは屋外のランニング向けではないのだが、この時はもう、購入の目的よりも興味の方が勝ってしまっていた(笑)

たとえ初心者ランナーにはオーバースペックな物だったとしても、最もビブラムファイブフィンガーズの性能をピュアに体験出来る物が欲しいと考えていたのだ。

筋肉痛にはなったけど、3キロ完走!徐々に走れる距離が伸びていく。

ビブラムファイブフィンガーズを初めて履くランナーは、慣らし運転ならぬ、慣らし履きをしなくてはならない。

何故なら、ビブラムファイブフィンガーズを履くと、ソールの薄さからフォアフット走法で走らざるをえなくなる。その時、普段は使わない筋肉が酷使されるので怪我に繋がるのだ。

そこでまずは毎晩夕食の後、ビブラムファイブフィンガーズを履いて2〜30分のウォーキングを行うことにした。

最初の数日は脛や脹脛に軽い筋肉痛を感じたが、極薄のソールから伝わるアスファルトの感触や、足指が地面を掴んで歩く感覚がどこか懐かしく、とても楽しい時間を過ごした。

こうして10日間ほどの慣らし期間を終え、いよいよランニングをしてみると、なんと、あっさりと3キロ走れてしまうではないか!

膝の痛みなど微塵も出てこなかった。あまりにもあっさり走れてしまったので拍子抜けしたほどだ。 

まだまだ走れそうだったけど、怖くなったから8キロでランをストップ。

その日から、僕は週に1〜2回のペースでランニングをするようになる。

そう。やっと念願のランニング生活が始まったのだ。

ただこの頃は、膝への心配も完全に解消された訳ではなく恐る恐る走っていたし、何よりビブラムファイブフィンガーズにもまだ不慣れで、脛や脹脛に筋肉痛を感じることもあったので、3キロ程度の距離を繰り返し走っていた。

ところが、それから2ヶ月ほど経ったある日のこと。僕はいつもの一周700mほどの周回コースをぐるぐる走っていた。僕はこの頃からランニング中はイヤホンをして、ポッドキャストで配信されるラジオ番組を聴くようになっていたのだが、その日はすっかり『菊地成孔の粋な夜電波』に夢中だった(笑)

知らず知らず時間が経っていたのだろう。気付けば手元のアップルウォッチに8キロオーバーの距離が表示されている。これには驚いた。

「いつの間にこんなに走ってたんや!」

慌ててランニングを止めた時の感覚を今でも覚えている。

身体はまだまだ走り続けられそうだったが、また調子に乗って距離を伸ばした結果、故障するのは嫌だと恐れる気持ちが身体を止めてしまったのだ。

心配は杞憂に終わり、その後、身体にダメージが現れることはなかった。

その次のランニングの日、僕は難無く10キロを完走。その後も15キロ、20キロと距離を延ばすが、ついに一度も膝の痛みが現れることはなかった。

こうして気がつけば僕のランニングは月に100キロを超えていた。